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冬の風物詩「アイスモンスター」。年々減少!? 希少な自然現象、樹氷を見に行こう。

 みなさんは、冬の蔵王に「氷の怪物」が出現するのをご存知ですか? 宮城県と山形県の県境にそびえる蔵王連峰。多くのスキー場がある日本でも有数のスノーリゾートですが、ここの冬の名物が「アイスモンスター」とよばれる樹氷。「スノーモンスター」「雪の坊」と呼ばれることもあります。

 真っ白な雪山の斜面に、雪のかたまりが群れを成して並んでいる姿は、まるで絵本の世界のような光景。樹氷見物のツアーも人気で、白い異世界を求めて、毎年多くの人が訪れます。

 八甲田山、八幡平、吾妻山などにも出現しますが、「アオモリトドマツ」という樹が群生する、東北地方の亜高山帯でしか見ることができない、世界的にも非常に特殊なものだとか。それでは、樹氷の世界を探ってみましょう。

「エビの尻尾」が大成長!

 樹氷の始まりは、小規模な氷のかたまりからです。低温で、風が強いとき、木の枝や建物などに、ギザギザの白い氷がくっついていることがあります。その形状から、「エビの尻尾」と呼ばれているもので、これが成長したものが樹氷の正体です。

木の枝についた「エビの尻尾」。同じ方向に向かって伸びている。(写真 「定年後の田舎暮らし」https://blog.goo.ne.jp/goo04321132)

 空気中の水蒸気が、風によって運ばれて、物体にぶつかって凍りつく現象で、一定の方向から風が吹き続けることによって、風上側へと成長していきます。氷といっても透明なものではなく、細かい気泡を含んでいるため、真っ白です。これが樹木にくっつき、さらに降雪があると雪粒も付着して、次第に大きくなっていきます。やがて、樹木全体を覆うように発達したものが「アイスモンスター」なのです。
 では、樹氷はどういった場合にできるのでしょうか? 樹氷ができるのは、次のような条件がそろった場合だけです。
1)「過冷却水」が、一定方向から吹きつける
2)「アオモリトドマツ(学名:オオシラビソ)」などの常緑針葉樹が生えている
3)適度な降雪がある

 まず、カギとなるのが「過冷却水」です。水は0℃で凍るとされていますが、条件によってはマイナスになっても液体の状態を保っていることがあり、これを「過冷却水」と呼びます。例えば、雲は小さな水滴が集まったものですが、水は体積が小さいと氷点下以下になっても凍らない性質があるのです。このような過冷却状態にある水が、風によって何かににぶつかると、その衝撃で氷になります。アオモリトドマツなどの針葉樹は、葉っぱに細かい凹凸がたくさんあるため、着氷しやすい性質を持っています。

 ちなみに、東北地方に多い樹種であるブナの場合は、冬場は落葉してしまうので、樹氷が発達しません。

なぜ蔵王で樹氷が発達するの?

「冬将軍」と呼ばれる冬季にシベリアから吹き出す季節風は、低温で乾燥しているのが特徴。ところが、日本海を越えるときに、冬でも10℃前後の対馬暖流から水蒸気をたっぷりと取り込んで、雪雲が作られます。冬の天気予報でよく耳にする「冬型の気圧配置が強まり、日本海に筋状の雲が発達」というのがこれです。

 その雲が、新潟県と山形県の県境にそびえる朝日連峰にぶつかって上昇すると「断熱膨張」し、多量に含んでいる水蒸気が凍って、雪になります。新潟県や山形県など、日本海側の地方で大雪が降りやすいのはこのためです。

 これらの地域に降雪をもたらした気団(気温や湿度などの気象要素がほぼ一様な空気のかたまりのこと)は、山形盆地を通過して、次は蔵王連峰にぶつかります。再び断熱膨張によって温度が下がった過冷却水滴が、今度はアオモリトドマツに着氷するというわけです。


西側(宮城県側)からみた蔵王連峰。山の上に雪が積もっているのがわかる。(写真 蔵王町観光物産協会)

 1~2月頃の蔵王連峰では、晴れる日はあまりありません。北西から西の風が平均風速10~15m/s、気温はマイナス10~マイナス12℃くらいで吹雪になる日が多く、このような気象条件が、まさに「アイスモンスター」を作り上げるのです。

 そしてもう1つ、重要な要素が降雪量。蔵王の樹氷原の積雪は、平均して2~3m程度ですが、積雪量が多すぎると、アイスモンスターが埋没してしまい、見ることができなくなります。少なすぎると樹氷は発達しません。季節風の当たり方、海から離れた内陸部である立地など、さまざまな条件が樹氷の発達に適した、珍しい地域なのです。

 しかしながら、年間の平均気温が上昇傾向にある近年、樹氷は減少しつつあります。昭和20年代頃は、長野県の菅平あたりでも見られた樹氷が、昭和45年以降の調査では東北エリアでしか見られなくなっており、本場ともいえる蔵王でも、分布面積は年々少なくなっています。気温が1℃上昇すると、樹氷が形成される標高が50m高くなるといわれていますから、地球温暖化が進むと、樹氷が見られなくなってしまう可能性もあります。

発達した樹氷はまさに「モンスター」のような風貌。(写真 蔵王町観光物産協会)

「霧氷」「樹霜」「雨氷」とは?

 樹氷以外にも、「霧氷」や「樹霜」という言葉を耳にすることがあります。「霧氷」も、過冷却状態の雲粒が、風で木などにぶつかり、その刺激で氷結して付着する現象です。樹木であれば、シルエットはそのままに、全体が白く染まります。遠めに見ると白い花が咲いたように見えることも。風が弱く、気温が下がる早朝などに、樹木や電線などの表面に空気中の水分が霜の結晶として昇華凝結する「樹霜」ができることもあります。

 これらはいずれも、日射を受けたり、気温が上がると融けてしまったり、強い風が吹くと飛ばされてしまうなど、もろく、儚いもの。樹氷と異なり、長く見られるものではありませんが、寒波が来ると、いろいろな場所で見ることができます。

枝についた霧氷。風が吹く方向に氷が形成されている。

 一方、「雨氷」は、気温が0℃前後でかつ雲水量と風速が大きいとき、過冷却水が物体に衝突し、水の状態のまま次々に水滴がぶつかり続けると、透明で表面が滑らかな氷ができます。これを雨氷と呼びます。地表面の草やシダなどが雨氷に覆われることもあり、まるで植物の氷詰めのようで、美しいものです。

こちらは雨氷。氷に包まれたナナカマドの実が美しい。

 蔵王の樹氷の最盛期は1月下旬から2月下旬頃で、JR山形駅から路線バスとロープウェイを乗り継いで見に行くことができます。見学ツアーも開催されています。
寒波のニュースが聞こえてきたら、神秘的で美しい氷雪の芸術品を観察しに、山へおでかけしてみてはいかがでしょうか。

[文 ACORN編集部]

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