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紅葉の秘密を知りたい! 深緑の葉が色とりどりに変わるワケ

 赤や黄色の葉が一面に広がる紅葉は、秋を彩る風情豊かな自然現象です。紅葉に包まれた高山や渓谷は、その時季にしかお目にかかれない美しさ。ところでなぜ、緑の葉が赤や黄に色づくのか、ご存知ですか? じつは、樹木の生存をかけたシビアな選択により生み出されているのです。そして今、紅葉の代名詞的な樹種にも、新しい脅威が迫っています。

人々を魅了する紅葉は

江戸時代の観光ブームの呼び水だった

 紅葉は、日本が誇る自然文化のひとつです。古くは7世紀後半頃の奈良時代から黄葉は貴族に親しまれていました。そしてその風習は室町時代に庶民へと広まったといわれています。また江戸時代になると、紅葉(もみじ)狩りが行楽ブームの火つけ役になったとの説も。紅葉は、時代を越えて日本人の文化や精神に根づいている、秋の醍醐味なのです。

 木々が美しく色づくためには、温度・光環境・湿度の3要素が重要です。最低気温が8度以下になると紅葉が始まり、さらに5~6度まで下がると、色づきが加速します。昼に晴れて気温が上がり、夜になって冷え込むと色づきが一層よくなります。乾燥し過ぎると葉が枯れてしまうので、ほどよい湿度も不可欠です。

 昼夜の寒暖差がつきやすく、日光にも恵まれる高山や渓谷は紅葉にぴったりの条件で鮮やかに色づき、残念なことではありますが都市部に近づくほど、大気汚染や温暖化の影響などで色づきがわるくなってしまいがちです。

 

群馬県みなかみ町の諏訪峡の紅葉。日当たりのいい場所は葉が真っ赤!(写真 tenjou / stock.adobe.com)

栄養の生産よりもエネルギー節約

紅葉の裏では樹木のシビアな選択がある

 いきいきとした緑色から哀愁漂う赤や黄へ。ドラマチックに変色する紅葉のメカニズムは、葉の働きと密接に関わっています。

 葉は、日光と水と二酸化炭素を使い、内部の葉緑素で、栄養となる糖分を作り出しています。この働きが光合成。葉はいわば、糖分の生産工場です。

 糖分生産は、太陽から降り注ぐエネルギーが豊富な夏がピーク。ですが、夏が終われば日光は弱まって不足し、生産効率が低下します。一方で、葉自体が生育・活動するために必要なエネルギーは夏も秋も変わりません。秋になると、葉が必要とするエネルギー量が糖分生産量を上回ってしまうわけです。

 このままでは、糖分生産工場は消費に生産が追いついていない状態。そこで樹木は、葉へのエネルギーや栄養分の供給をストップさせ、消費を少しでも減らす手段に打って出ます。茎と葉のつけ根部分に「離層」という層を作り、葉を茎から孤立させるのです。これで、樹木本体は余分なエネルギーや栄養を葉に送る必要がなくなり、消費を抑制できるのです。こうしたことによって樹木本体は、日光が弱まる冬場を最小限のエネルギーで乗り切る準備を整えます。

 一方、葉はというと、健気にも葉の内部に残った材料をもとに光合成を続けます。当然、茎との間には離層があり、作った糖分は送り出せず、溜まっていきます。すると、行き場を失って過剰状態になった糖分が、化学反応によりアントシアニンという物質を生成するのです。

 やがて季節が進んで気温が低下すると、緑色の葉緑素は壊れていきます。ここからが、アントシアニンの出番となります。じつはアントシアニンは色素で、赤い色を持っています。葉緑体の緑が薄れることでアントシアニンが目立ち始め、葉はみるみる赤くなっていくのです。これが、紅葉の内幕です。

 私たち人間から見れば味わい深い紅葉ですが、樹木にとってはエネルギー消費を減らすために葉を犠牲にするシビアな生存手段によって生み出されているものだったのです。

 ところで、なぜ糖分がアントシアニンに変化するのか。その仕組みはまだ解明されていません。アントシアニンには植物が受けるストレスを軽減する働きがある、との研究報告があります。

葉緑素の影に隠れるキー物質

黄葉は色素の主役交代劇

 一般的には、上述したように、葉の色づきを「紅葉」と呼んでいます。植物学的には、色づき方の違いによって3つに分かれています。

 葉が赤や橙になることを〝紅葉〟、黄色くなることを〝黄葉〟、褐色になることを〝褐葉〟と呼ぶことがあります。

 黄葉は、糖分がアントシアニンに変わる紅葉とはメカニズムが異なります。黄葉の代表格であるイチョウを例に挙げてみましょう。葉を黄色くするのは、カロテノイドという黄色い色素です。カロテノイドは、夏に葉が緑色のときにすでに作られていて、葉緑素に隠れるように存在しています。存在自体は目立ちませんが、カロテノイドも光合成に必要な日光を吸収し葉緑素をサポートする役目を担っています。

 秋になり気温が下がると、葉緑素が壊れ、緑が薄れます。代わりにカロテノイドが存在感を発揮。葉緑素からカロテノイドへ、隠れていた色素の台頭で起こるのが、黄葉というわけです。カロテノイドは増えたり新たに合成されたりしているのではなく、もともと葉に存在し、葉緑素が衰えることで目立ってくる。まるで舞台で演者の主役交代劇のような展開が、黄葉なのです。

黄金に染まったのイチョウ並木。

鮮やかな色はほんのひととき

徐々に葉が褐色に変化する褐葉

 もうひとつの色づき方である褐葉は、アントシアニンを作らずタンニン系の物質を生成する樹種で起きる、葉が褐色になる現象です。褐葉の樹種といえば、ブナやコナラ、ミズナラといったブナ科の樹木が馴染み深いでしょうか。

 緑から褐色に変わる過程で、黄色や橙に近い色も経るためグラデーションが美しいことが特徴です。褐色に至る途中の鮮やかな色づきは日持ちせず、すぐにくすんでいってしまいます。完全に褐色になってしまう前の変化に富んだ色づきを楽しむのが、褐葉の味わい方といえそうです。

ブナ林の〝褐葉〟。褐色の葉、黄緑色の葉、橙色の葉が入り交じっている。

ひと目では見分けが難しい

褐葉と木の伝染病「ナラ枯れ」

 さて、色の変化の過程が魅力であるコナラやミズナラの褐葉ですが、今、全国的なある問題が発生しています。ナラ類の樹木にはカシノナガキクイムシという昆虫が産卵するのですが、その際に運び込まれた「ナラ菌」という病原菌が原因で樹木が枯死してしまうのです。これは「ナラ枯れ」という現象で、カシノナガキクイムシを媒介者とした樹木の伝染病なのです。

 遠目から見ると、ナラ類の樹木が色づき、褐葉しているように錯覚してしまいます。ですが近づいてみると、幹や枝からは水分が失われ、無残にも枯れ果ててしまっているのです。

「ナラ枯れ」は夏場から始まるため、紅葉シーズンより早く色が変わっているのが特徴です。また、樹木の根元に行ってみると、ムシが幹の中を掘った際に排出された木くずや糞が混ざったフラスが大量に積もっていることもあります。

 被害量だけで見れば、2010年の被害材積32万㎥をピークに、現在は8万㎥ほどにまで減少してきました。枯死した木の完全な駆除や、健全な樹木へのナラ菌を抑制する殺菌剤の注入など、さまざまな手立てが講じられ、一定の成果が上がっています。一方、発生地域は日本全国規模に拡大していることも事実。まだ根絶には長い時間が必要そうです。

 コナラやミズナラは、夏場にかけては瑞々しい深緑が心地よく、秋も褐葉が楽しめる、日本の森には欠かせない樹種です。私たちも森を眺めるときは、「ナラ枯れ」の可能性を頭の片隅に置いて、被害の拡大防止について、考えてみるべきかもしれません。

とある山でのナラ枯れの様子。夏場の青々した木々の中に、葉が褐色に変わった木が見られる。

 紅葉は樹木が生きるために身につけた生存方法のひとつです。紅葉観賞の際は、美しさを堪能しつつ、紅葉のメカニズムを思い出してみると、自然の魅力と厳しさをより一層感じられるのではないでしょうか。懸命に生きる樹木に、きっと親近感がわいてくることでしょう。

 

[文 ACORN編集部/トップ写真 akira1201/stock.adobe.com]

 

 

 

 

 

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