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【“木”になるマメ知識】ヒーリングの源、自然が生み出す「1/fゆらぎ」の秘密

小鳥のさえずりや虫の音も自然界のサウンドのひとつ。ホッと和みます

 森の中で聞こえる枝葉が風にそよぐ音、小鳥のさえずり、小川のせせらぎや滝の音……。耳に入るサウンドやリズム、さらには目にする光景など、自然が生み出す見るもの触れるものには心地よいものがたくさんあります。ナチュラルなものには不思議に心身が癒されます。そこで考えてみました。なぜ心地よいのでしょうか?

 近年「1/f(エフ分の1)ゆらぎ」と呼ばれる生体や自然界の運動が発見され、物理的・科学的な解析手法で「1/fゆらぎ」に関する研究が加速しています。どんなものなのか、少しのぞいてみましょう。

さざ波は連続的だけど規則的ではない。ここにも「1/fゆらぎ」がある

近ごろ耳にする「1/fゆらぎ」。それっていったい何?

 世の中は多くの「ゆらぎ」に満ちています。「ゆらぎ」とは、規則性のない空間的・時間的な変化や動きのこと。例えば、浜辺に寄せて来るさざ波をみてみましょう。さざ波は海岸に繰り返しやって来ます。しかし、打ち寄せる波と波の間隔は一定ではなく、連続的ではあるものの、そこにリズムの一定性や波のサイズの規則性はみられません。

 また、そよ風は肌に気持ちのいいものです。こうした空気の動きも「ゆらぎ」の代表格ですが、さざ波と同様、風も突然吹いてきたり突然止まったりと、次にどんな風が吹いて来るか予測がつきません。

 さらにいえば、標準時計の正確な時を刻む水晶の振動、まったく狂いなく正確に運行していると思われている天体の軌道運動なども、じつは完全に一定というわけではなく、そこにはちゃんと「ゆらぎ」が存在しているのだそうです。そして、私たち人間の生体反応も、「ゆらぎ」そのものなのです。

 こうした自然界の「ゆらぎ」のなかから数字に置き換えられるものを抽出し、周波数ごとに分析すると、単調ないくつかの波形に分けることができます。そのなかのひとつが「1/fゆらぎ」と呼ばれています。

「1/f」の「f」は、frequency(周波数)の頭文字。「1/f」という式が意味するのは、周波数f値に対して、得られる結果が反比例するということ。ここでいう周波数は電磁波や音波のことで、「1/fゆらぎ」を定義するならば、「パワースペクトル密度が周波数fに反比例するゆらぎ」ということになります。少々、難しくなってきましたね。こうして追求していくとますます難解になってしまうので、ここでは定義の紹介までに留めておきます。要は、自然界に存在するさまざまな「ゆらぎ」現象のひとつに「1/fゆらぎ」と呼ばれるものがあり、それは規則的と不規則的の中間の動き。その「ゆらぎ」が「人間の生体活動にいろいろ影響を及ぼしている」と、まずは認識しておきましょう。

「1/fゆらぎ」が生体に心地よい刺激を与えてくれる

「1/fゆらぎ」を世に問うたのは、日本の物理学者で東京工業大学名誉教授の武者利光氏(1933年~)です。武者先生は「ゆらぎ」の謎を解明したいと考え、1977年に国際会議を開催します。世界中から物理学者や生理学者、天文学者や電子工学の専門家が東京に集まり、「ゆらぎ」の現象などについてさまざまな発表や討議が行われました。以後、2年ごとに各国持ち回りで「ゆらぎ」の国際会議「International Conference on Noise and Fluctuations(ICNF)」が継続され、研究が進められていきましたが、1982年にひとつの契機が訪れます。

 ヒトの心臓の心拍間隔を精密に測定したところ、その「ゆらぎ」の種類が「1/fゆらぎ」であると発見されたのです。以来、生体現象における「1/fゆらぎ」の研究がさらに加速していきました。

 実験により、人間以外の小さな生物の細胞や神経の働きのなかにも「1/fゆらぎ」が観測されました。その後も数々の研究により、基本的に生体リズムは「1/fゆらぎ」によるものであることがわかってきました。現在では「1/fゆらぎ」が発生する物理的なメカニズムもある程度解明され、それにより「1/fゆらぎ」をソフトウエアで作成するノウハウが培われています。

 ほんの一例ですが、「窓から吹き込むような心地良い風を」をコンセプトに「1/fゆらぎ」を応用した扇風機などの製品も発売されていますよね。これも、「1/fゆらぎ」を応用した技術であり、人に心地よい刺激を与えてくれるものでしょう。

森の中や海辺の環境は「1/fゆらぎ」に満ちている

「1/fゆらぎ」は、大なり小なり自然界にあまねく見られる現象です。下記に列挙したのは、目や耳を通して人が気づき、それが心地よく感じられる事象の一例です。
・木々の枝葉の風にそよぐ音 ・小鳥のさえずり ・小川のせせらぎ ・滝の音 ・落ち葉を踏む音 ・雨の音 ・波の音 ・虫の声 ・クラシック音楽 ・森の中の木漏れ日 ・蛍の光 ・ろうそくの炎のゆらめき ・焚火 ・暖炉の炎 etc.

 どれも心が癒され、ストレス解消にも効果がありそうですね。森を散策したり、海辺で過ごしたりすると安らぎを感じるのは、そこに私たちの生体リズムにフィットする「1/fゆらぎ」が満ちているからなのです。このような環境では、人間の脳からはα波が出てきます。α波が出るということは、脳が休んでいる状態を意味しています。

 家の中にも「1/fゆらぎ」は存在しています。特に木工家具や食器、ウッディなデザインに癒しを感じるのは、不規則な木目の風合いに「1/fゆらぎ」が潜んでいるからといいます。

 また、名曲と呼ばれる音楽にも「1/fゆらぎ」があることがわかっています。モーツァルトの曲はヒーリング効果が高いなどといわれますが、モーツァルトは天才であるがゆえに作曲は直感的。それだけに本人の生体リズム「1/fゆらぎ」が曲のなかに色濃く反映され、規則性と不規則性がバランスよく融合しているからではないでしょうか。日本古来の音楽である雅楽にも「1/fゆらぎ」が潜在していることがわかっています。

「1/fゆらぎ」の音楽によるヒーリング効果が及ぶのは人間ばかりではありません。乳牛に聞かせれば質のいい牛乳が搾れ、また鶏に聞かせれば栄養豊富な卵をいっぱい生んでくれるといいます。ビートルズの『ミッシェル』を聞かせて醸したという日本酒もありましたが、その酒蔵はもしかすると「1/fゆらぎ」で麹菌までもいい仕事をし、お酒を美味しくしてくれる効果を狙っていたのかもしれません。

 ちなみに「1/fゆらぎ」の応用研究は今や医学の世界にも及び、心臓病の診断などにも利用されているのだそうです。癒しや安らぎのレベルを超え、「1/fゆらぎ」は生命維持に関わる研究テーマにもなりつつあるようです。

 日常・非日常の生活のなかで、みなさんが心地よいと感じたとき、それは「1/fゆらぎ」によるものかもしれません。

焚火や囲炉裏の火、ろうそくの火のゆらめきも「1/fゆらぎ」。ずっと眺めていても飽きず、むしろ陶酔してしまうことも

[文 ACORN編集部]

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