Column
【“木”になるマメ知識】「木の保水力」ってすごい! 私たちの生活を保全する“自然界のダム”
山頂エリアの森林減少で、山麓の沢が増水?
1980年代の国内の某スキー場。かつて2,000m級の山頂付近の樹木の間を縫って、細長い林間コースが開かれていました。森の中を滑っているような、なかなか雰囲気のいいコースではあったのですが、そのエリアはある年に突如広大な開かれたゲレンデに変貌。というのも、シーズン前に強烈な暴風に見舞われ、コース周辺の木々が根こそぎ倒されてしまったからなのだそうです。
スキー場側としては、仕方がないので改めて余計な木々を伐採。斜面整備をし直したわけですが、ところがそれ以来、そのスキー場のはるか下の沢がときおり激しく増水するようになったといいます。
樹木には保水する(水を吸い上げて貯め込む)性質があります。その樹木が減少してしまったために、降った雨水が地中を通って一気に沢に流れ込んだのではないかと推測されるわけですが、ここまでは現地で見たり聞いたりした話。このケースでの因果関係が厳密に証明されているわけではありません。
ただ、それまで沢の増水は軽微であったこと、また水系がつながっていることなどから、「おそらくそうなのだろう」と、多くの関係者が肯定しているところです。
森林は自然界の緑のダム
樹木(森林)には「水源涵養機能」と呼ばれるものがあります。「涵養(かんよう)」とは、無理をせずに徐々に養い育てていくということ。つまり樹木の「水源涵養機能」とは、樹木が自然に水を浸み込ませていくことで、徐々に自らを水源として養っていくという意味になります。
日本学術会議では、樹木の「水源涵養機能」について次の3つが答申されています(平成13年11月)。
1 洪水軽減(洪水を緩和する)
2 渇水緩和(水資源を貯留する)
3 水質保全(水質を浄化する)
先のスキー場の話で、山頂エリアの森林減少が沢の増水の原因だとすれば、この3つのうちの「洪水軽減」の機能が失われたということになるのでしょう。
どんな種類の樹木であれ「水源涵養機能」を備えていますが、特にブナについては保水力が非常に高いといわれます。樹齢200年前後のブナの木が蓄える水の量は、1本あたり年間8t。また、白神山地のブナ原生林の土壌は平均的に約260mm/h、よい森林になると最大400mm/hもの雨を吸収するほど驚異的な保水力を備えているといった研究結果も報告されています。
世界的に見ても降水量の多い日本にあって、国土を洪水から守ってくれているのがこうした樹木の保水力ですが、それは同時に水資源を木が貯め込んでいるということ。日照りが続いたとしても、樹木は吸い上げた水を今度はゆっくり土壌に浸透させ、地中水として一部は地下水となり、一部は河川となって流れていきます(「渇水緩和」)。いわば森林は自然界のダム機能を有するシステムともいえるでしょう。
また、森林を伐採すると、下流域に流れる水量が増えるとともに、水質も変化することがわかっています。主に硝酸イオンやカルシウムイオン濃度が増加し、状況によっては富栄養化によるプランクトンの大量発生、水中酸素濃度の減少などで生態系のバランスが崩れるようなことが起きてきます。
逆に、伐採された山地に植林し、そこの樹木が成長していくと、下流域で貝や魚の生産が増えていったことが東北や北海道などから報告されています。このように樹木は水質を良好に保つ作用も備えていると考えられます(「水質保全」)。
積雪も水源涵養に一役
ところで、樹木の話からちょっと外れますが、「水源涵養機能」という点で、積雪も重要な役割があります。
日本は世界でも有数の豪雪地帯。冬季には山岳地帯や日本海側に数mもの積雪がありますが、これがもし雪ではなく、雨だったらどうなってしまうと思いますか?
あれだけの降水量が一度にやって来れば、毎年大洪水ばかりになってしまいますね。でも、雪で積もっていてくれるからみんな無事というわけ。しかも、積雪という形で水資源を大量に蓄えていてくれる。積雪も森林同様、自然界のダムの一種です。そして季節が変わり、雪が徐々に融け出すと地下水となって、またそれを樹木が保水し、あるいは流していく。ゆったりした自然界のサイクルです。
こうした豊かな水資源により、日本という国は水耕が盛んになったわけですが、じつはその田んぼの水も、地下水を涵養する機能を備えています。水田はまた、水質浄化の役割を果たし(脱窒作用で過剰の硝酸イオンを水中から除去する)、さらにいえば都市気候を緩和する機能もあるのです。
無理なく徐々に養い育てるという涵養。日本はこうした自然界の涵養機能をさまざまな形で享受することができる、とても恵まれた国土なのですね。
[文 ACORN編集部]