Column
【“木”になるマメ知識】生き残りをかけて繰り広げられる「森林の闘争劇」
原生的なブナの天然林を見ると、ブナの木は自分のテリトリーをつくり出す傾向があるようです。そのことから「ブナは周囲の樹種を駆逐し自分の養分を確保しているのでは」といった見方もありますが、じつのところはどうなのでしょう? また、ブナばかりでなく他の木々については? そんな木々の生存競争について、ちょっと森の中をのぞいてみましょう。
ブナの木は排他的性質を持っている?
世界自然遺産の白神山地など、貴重な原生の姿を残しているブナの天然林では、ブナ以外の他の樹種が生育する割合が非常に少ないという傾向が見られます。
例えば同じ落葉樹林でも、ミズナラが主体の林では、成熟したブナ林よりもずっと多くの樹種・植物が生えて(共存して)います。数字で比較するならば、ミズナラの林では70~80、多いときには120くらいもの別の種が見られるのに対し、ブナ林では30種類程度しか見つからないといった具合です。
では、なぜブナの天然林では他の樹種が少ないのでしょうか? ひとつの考え方としては、ブナには自分たちの種を優先するために、他の種を駆逐する排他的な性質を持っているのではないかということ、です。
“アレロパシー作用”という言葉を聞いたことがありますか? じつは、植物の多くはさまざまな化学物質を放出し、それが他の植物や微生物、近寄って来る昆虫などに対して何らかの阻害的、あるいは逆の促進的な作用を及ぼしています。この現象のことを“アレロパシー作用”と呼んでいます。日本語では「他感作用」と訳され、アレロパシー物質としては芳香族化合物、アミノ酸誘導体、イソプレノイド、脂肪酸誘導体が分離し同定されものが報告されています。
森林の木々の闘争劇はまだまだ不可解
さて、こうしたブナ林の純林的な傾向は、ブナのアレロパシー作用によるものなのでしょうか? その前に、そもそもブナはアレロパシー作用の性質を持っているのでしょうか?
この点について、600種ほどあるブナ科植物の中から13種を抽出し、その葉の水抽出物がレタスの根の伸長をどれだけ阻害するかという実験で調査が行なわれています(独立行政法人農業環境技術研究所/茨城県つくば市)。レタスの根を用いているのは、レタスが比較的成長が早く、結果を得やすいからでしょう。調査結果としては、13種のブナ科植物の一部(アベマキなど)に強い阻害作用があり、多くの種に多少なりとも阻害作用が確認されました。
ところが、それがまったく認められない種(スダジイ、ブナ、マテバシイなど)もあったとのこと。ウ~ン、微妙ですね……!
樹木が他の種の生育を阻害しようとするときによくやるのは、根からの分泌物の放出。アカマツなどはそのいい例で、アカマツが根から放出する分泌物により、アカマツ林では他の植物の種の芽生えが阻害されていることがわかっています。
しかし、ブナの種による上記の調査は“葉”の水抽出物を用いたもので、“根”からの放出物ではありません。しかも、レタスの根の伸長に影響が認められないブナの種もありました。ブナ天然林の状況から、「ブナはどうやら他の樹種を駆逐しているらしい」といったことは現実的に確認できるものの、その理由の証明はまだ確たるものとはいえないようです。森林の木々の闘争劇には、まだまだ不可解な点が多くあります。
“アレロパシー作用”のメリット、デメリット
植物のアレロパシーについては、農業では雑草のアレロパシーが作物の生育・生産を阻害するデメリットと、逆に育てている作物のアレロパシーが雑草を抑制するなどのメリットがあります。近年では外来植物が強力なアレロパシー作用を備え、国内の在来種の生育に影響を与えてはびこっていることも社会問題となっています。こうした外来種の攻撃性は、魚やカメ、アリなどのケースとちょっと似ていますね。
ちなみに、ブナ天然林の純林性は日本だけの現象なのだそう。そもそも北米やヨーロッパでは、カエデの林の中にブナが少し生育しているといったケースが多く、自然にできている純林的なブナ林はゼロではないものの、非常に限られているとのこと。そんな意味で、日本のブナ林はとても貴重な存在。数少ない日本の原生ブナ林をいい状態で保全し、できれば広げていくような方向に進めていきたいものです。
[文 ACORN編集部]