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「どんぐり」にまつわるさまざまなお話

どんぐりにはたくさんの種類があり、形もいろいろ。

 秋になると、どんぐりを拾ったり、散歩中に目にしたりする人が多いのではないでしょうか。とても身近な存在ではありますが、そもそも「どんぐり」って何なのでしょう? 今回は改めて、どんぐりについてのお話です。

どんぐりって何?

 どんぐりとは、ブナ科のカシやナラ、カシワなどといったコナラ属の樹の果実にあたる部分の総称のことをいいます。種子(種)と思っていた人もいるかもしれませんが、じつは種子ではありません。どんぐりは実が固い皮に覆われており、このような果実を堅果(けんか)と呼びます。また、全体や基部に殻斗(かくと)と呼ばれる固い部分があり、これは通称「はかま」とか「帽子」とか呼ばれたりします。これはブナ科の果実にほぼ共通の特徴でもあります。内部はデンプン質に富み、人間を含んだ動物の貴重な食料ともなります。クリもどんぐりの一種で、殻斗は全体を覆う針状で「イガ」と呼ばれます。どんぐりは丸くて先端が尖ったものが多いため、独楽(コマ)などの玩具として使われたりもします。ちなみにエイコーン(Acorn)はどんぐりの英名です。

どんぐりの語源

 どんぐりの語源は、諸説あります。先述したように独楽(コマ)として遊んだことから独楽の古語である「ツムグリ」が「ヅムグリ」になり、「ヅングリ」→「ドングリ」になったという説。丸いものの意味の団(どん)と栗を合わせたもの……。そのほかいろいろありますが、これが決定項というものはないようです。とはいえ、どんぐりの形同様に名前も可愛いと誰もが感じることでしょう。

どんぐりの特徴

 「どんぐりころころ」という歌がありますね。かわいい歌です。じつはこの「ころころ」というところが、どんぐりの特徴を端的に表しているのです。植物は自分の勢力を拡大するためにさまざまな特徴や特性を持っています。弾けるように種を飛ばすもの、羽毛のようなフワフワの綿毛で飛んでいくもの、マジックテープのように鳥やムシなどにくっ付いて遠くまで運ばれていくようになっているものなどなど、まさに多種多様です。どんぐりは丸くて転がりやすい。傾斜があればどこまでも転がっていき、歌では川まで行ってしまいますが、その転がりやすい形状がどんぐりをできるだけ遠くへ行けるようにしている、つまり勢力を拡大するためのどんぐりの戦略なのです。

どんぐりの発芽。固い殻を破って芽が出てくる。日当たりのよい場所であれば、このまま大きくなる可能性が高まる。

どんぐりの不思議

 秋になると森の地面には、一面にどんぐりが散らばっています。でも不思議に思ったことはありませんか? このどんぐりが全部木になったら森は木でギュウギュウ詰めになってしまわないか、と。でもそうはなっていません。たくさん散らばったどんぐりたちはどうなってしまうのでしょうか。また、これらのどんぐりのうち、どれが木になっていくのでしょうか。

 地面に落ちたどんぐりはやがて芽を出します。しかし、森の中にいて、あまり光の当たらない場所にいるどんぐりの芽は、残念ながら大きくなれずに枯れてしまいます。実際にプランターにどんぐりを入れて発芽させ、日当たりの異なる状況で生育させてみると生育が明らかに異なるのが分かります。苗木になれるのはほんの一握り。しかも苗木も日当たりの良くない場所では成長できません。つまり、どんぐりがなるカシやナラ、シイなどコナラ属の木たちの成長には日光の量が大きく作用しており、森の中心部で落ちたどんぐりのほとんどはそのまま成長することがかなわず、森の端まで転がったり、リスなどに運ばれたりして、運良く日当たりのいい場所まで運ばれたどんぐりだけが大きくなって1本の木になっていくのです。これは照葉樹では見られない特徴でもあります。

 加えて、動物たちはどんぐりが大好きですから、日当たりのいい場所まで運ばれたどんぐりでも芽が出る前に食べられてしまったりもします。まさに過酷な環境であり、それはサケがたくさん卵を産んでも最終的に川に帰ってくるものが1匹か2匹かという状況によく似ていますが、どんぐりにはサケよりもさらに激しい生存競争があるといえるでしょう。当たり前のように立っている木でも、奇跡とも呼べる過程を経てそこにあるということなのです。どんぐりのなるシイの木やカシワの木を目の前にしたとき、このことをぜひ思い出してください。

どんぐりって美味しいの?

 さまざまな木のどんぐりがありますが、人間が食べて美味しいどんぐりというのは、じつは多くありません。どんぐりに含まれるタンニンやサポニンなどの成分のために、渋くてなかなかそのままでは食べられないのです。人がそのまま食べて美味しいどんぐりはクリを除けば、スダジイ、ツブラジイが有名です。炒って軽く塩を振るだけで美味しく食べることができます。炒ってから砕いてクッキーなどに入れてもいいでしょう。しかし、それ以外のどんぐりは繰り返しアク抜きをしないと食べられません。繰り返しアク抜きをしてから抽出したデンプンを粉にして、餅の材料などに使うことは日本を始めさまざまな国で行なわれており、韓国の「トドリムック」が有名です。どんぐり粉「トドリムック」はネットなどで入手することが可能です。

 縄文時代はどんぐりを渋抜きして食べていたといわれていますし、飢饉や食糧難の時代、また米が不作なときなどは主食に近い食べ物であったともいわれています。渋抜きの方法は繰り返し水にさらす方法と、木灰汁(きあく)などを使って茹でるという方法があります。手間のかかる方法ではありますが、面倒だなどといってはいられない状況で生活していたということです。

Column スダジイのローストの作り方

材料:スダジイの実、塩、封筒もしくは新聞紙

作り方:①スダジイの実ひとつまみを丈夫な封筒に入れる。もしくは2枚重ねにした新聞紙で包む。②電子レンジで2分ほど加熱する。ポンポンはぜる音が聞こえるハズ。③殻をペンチもしくはプライヤーで割る。潰してしまわないように力加減に注意すること。④塩を軽くふって食べる。

どんぐりの内部はこんな感じ。たいがいのどんぐりは渋くて食べられないが、動物にとっては貴重な栄養源。

どんぐりと動物たち

 人間には苦かったり渋かったりするどんぐりですが、クマやシカなどの大型動物から、リスなどの小型の動物たちまで、動物たちはどんぐりをモリモリ食べています。どんぐりは動物たちが冬を越すための重要な栄養源なのです。どんぐりのできる量は野生生物の秋から冬の生存に大きな影響を及ぼし、ツキノワグマが人里に降りてくる年はどんぐりが不作であることが多いといわれています。

 リスは巣穴に貯め込むだけでなく、地面のあちこちに埋めて貯蔵したりします。そして埋めたのを忘れてしまったりするものですから、そこからどんぐりが芽を出すことも少なくありません。そうしてどんぐりは森の中から運び出されて、そこがよく日の当たる場所だったりした場合には、そこで大きく成長することもあるでしょう。

どんぐりを地中に埋めて保存するリス。ときには忘れてしまい、そのまま発芽することもある。

どんぐりを食べて育つブタ

 食べたものが体を作るというのはすべての生き物に共通しています。穀物を食べて育ったウシと草を食べて育ったウシでは肉の様子や味もまったく異なります。  スペインにイベリコ地方という場所があります。イベリコ豚と呼ばれるブランド豚の産地として知られている場所です。出荷前の数カ月間、ブタたちは山に放されてどんぐりを食べて生活します。歩き回って栄養豊富などんぐりをたくさん食べて育ったブタたちが、囲いの中で運動せずに餌だけを食べて育ったブタとまったく味が異なるようになっていくのは当たり前のことといえるでしょう。ちなみにイベリコ豚とはブタの血統のことで、どんぐりを食べて育った最高級のイベリコ豚(イベリコ豚の10%程度)はぺジョータ(スペイン語で「どんぐり」の意)と呼ばれて、どんぐり以外の普通の飼料を食べて育ったものはセボと呼ばれています。イベリコ豚がすべてどんぐりだけを食べて育てられているわけではありません。

イベリコ豚の最高級品「ペジョータ」はどんぐりを主食とする。

どんぐり銀行

 最後にどんぐり銀行の話をしましょう。どんぐりをお金のように考えて、拾ったどんぐりを預けると通帳に記載されて、どんぐりの貯蓄量によってオリジナルグッズや苗木と交換できるというシステムです。どんぐりの種類によって価値が異なったりして、おもしろい特徴もいろいろあるようです。どんぐり銀行は香川県発祥の取り組みで、全国のさまざまな団体や行政機関が活動を行なっています。預け入れなどの方法は各団体によって異なりますし、自分の住んでいる場所の近くにあるかどうかなど、ホームページなどで検索してみるといいでしょう。どんぐりをもっともっと身近に感じられるようになるかもしれません。

 このように可愛いどんぐりは、野生動物にとって大切な食べ物であるだけでなく、森と人とをつなぐシンボルといってもいい、知れば知るほど奥が深い存在といえるでしょう。なお、どんぐりの日本固有種22種の特徴については、本サイト「どんぐりイラスト図鑑」をご参照ください。

[文 ACORN編集部]

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