Column
【赤鬼のつぶやき C.W.ニコル】エリカ(Heather and Giant Heather)
(読者の皆さんへ)
これまでは、長野県にある私たちのC.W.ニコル アファンの森財団の木々や灌木をテーマとしてきましたが、主だったものは概ね取り上げたので、今回からは世界へと舞台を広げ、私の人生に何らかの影響を与えた樹木について書いていきたいと思います――C.W.ニコル
私が初めて日本へ来た当時、日本人(ことに本好きの人)の多くは、英国の古典文学を通じて「ヒース」という言葉を知っていました。「ヒース」は本来、「荒野、荒地」を意味し、砂漠ではないものの、木々のほとんど生えない平野を指します。そこには独特の豊かな生態系があり、たいていその中心を成すのが「ヘザー(heather)」と呼ばれる植物です。ヘザーは高さ30~40センチメートルの多年生の常緑低木で、スコットランド、アイルランド、ウェールズ、北イングランドからヨーロッパ北部のほぼ全域にかけて生息しています。葉は小さく濃緑色、そして、小さなベル型の青紫色の花をつけ、満開の時期ともなれば、荒涼たる平野やケルトの丘陵地帯が一面、淡い青や紫に彩られるのです。それはケルト人にとって、郷愁にかられる色であり、なつかしい旋律とともに遠く離れた故郷を思い出させる原風景なのです。
ヘザーの花から採れる香り高いハチミツは、スコットランドの(モルト・ウィスキーをベースに作られる)リキュール『ドランブイ』には欠かせません。また、ヘザーの草原は、(スコットランドで最も重要な猟鳥とされる)ライチョウ(grouse)の生息地としても知られています。生い茂るヘザーは幼鳥に身を隠す場所を提供し、その葉や花芽は餌となるのです(ところで、皆さんは、かの有名なスコッチ・ウィスキー『ザ・フェイマス・グラウス(Famous Grouse)』をお飲みになったことがありますか?)
1967年にエチオピアのシミエン山地へ赴いたとき、「ジャイアントヘザー」について活字では知っていたものの、実物を目の当たりにしたときの衝撃は予想だにしないものでした。実は、アフリカの高地に生息するジャイアントヘザーも、ケルトのヘザーと同じ「エリカ属」の仲間です。小さな葉や花も、香りもそっくりですが、その大きさはケタ違い、まさに「ジャイアント」です! 標高2,000~3,500メートルのシミエン山地に生息するジャイアントヘザーは、樹高8メートルに達し、幹の太さは直径40センチメートルにもなるのです。枝や樹皮からは「サルオガセ」と呼ばれる糸状の地衣類が垂れ下がり、まるで繊細なレースをまとったようです。(ちなみに、英語では「老人のひげ」という意味)
赤みを帯びた木は密度が高く、薪にするにはうってつけです(それがエチオピアの多くの地域でジャイアントヘザーが絶滅寸前に追いやられている理由の1つでもあるのです)
また、ジャイアントヘザーから採れるハチミツは、エチオピアの高地民族の間では、国民的アルコール飲料である「テジ」と呼ばれるハチミツ酒の主原料として珍重されています。
シミエン山岳国立公園の初代公園長を務めた1967~1970年の間、私は部下のレンジャーたちとともに、ジャイアントヘザーの森林を守ろうと全力を尽くしました。野生生物の保護や保水力の維持を考える上で、森林は極めて重要な役割を担っているたからです。しかし、過度の柴刈り、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、ロバなどの過剰放牧、それらが招いた浸食によって、エチオピアの美しいジャイアントヘザーは、私の在任当時から既に9割近くが失われてしまいました。
C.W.ニコル
2019年10月
写真提供:C.W.ニコル・アファンの森財団、ニコルオフィス /資料画像:i-stock
(Note to our readers; we have covered the main species of trees and shrubs in the C.W.Nicol Afan Woodland Trust in Nagano. Now I would like to describe trees from all over the world that have somehow changed my life. C.W.Nicol)
Erica – Heather and Giant Heather
When I first came to Japan, many Japanese, especially those who read books, knew the word ‘heath’ from classical English literature. ‘Heath’ is a kind of place or habitat, with few or no trees, but is not a desert. ‘Heath’ is a rich and unique ecosystem whose usually dominant plant is heather. Heather is a perennial woody shrub that in Scotland, Ireland, Wales, Northern England and in most of northern Europe grows to be 30-40 cms high. It has tiny dark green leaves and tiny bluish-purple flowers. When the heather blooms the heaths and the Celtic hillsides are brushed with a gentle blue to purple hue that evokes songs of nostalgia and homesickness, a deep sad longing that strokes the strings of the Celtic heart.
Fragrant heather blossom honey is a major ingredient for the Scottish liqueur ‘Drambuie’. Heather, which gives cover and protection for young birds, and whose leaf and flower buds provide food, is the favored habitat of grouse (have you ever tasted ‘Famous Grouse’ whisky?)
When I went into the Simien Mountains of Ethiopia in 1967 I had read about Giant Heather but was not prepared for its impact on me. The Latin name for African Alpine Giant Heather is also Erica. Its tiny leaves, flowers, fragrance and so on are just like our Celtic Heather, but it is a giant! In the Simien, at an altitude of 2000-3500 metres, Giant Heather trees could grow 8 metres high, with trunks 40 cms. in diameters. They were festooned with Old Man’s Beard lichens.
The reddish, dense wood made excellent firewood (one of the reasons for its near extinction in many parts of Ethiopia.
…Giant Heather honey is treasured by Ethiopian highlanders as the basic ingredient for brewing a yellow-colored mead called ‘tedj’—national drink of Ethiopia.
We did our best to protect the Giant Heather woodlands, so essential for wildlife and water-retention, but the gathering of firewood, over-grazing by sheep, goats, cattle, horses and donkeys and ensuing erosion has seen the loss of about 90 % of this lovely tree since I served in the Simien Mountains as Game Warden in 1967-1970.
C.W.Nicol
10.2019
C.W.ニコル
作家・1940年イギリス南ウェールズ生まれ。1995年日本国籍取得。カナダ水産調査局北極生物研究所の技官・環境局の環境問題緊急対策官やエチオピアのシミエン山岳国立公園の公園長など世界各地で環境保護活動を行い、1980年から長野県在住。1984年から荒れ果てた里山を購入し「アファンの森」と名づけ、森の再生活動を始める。2005年、その活動が認められエリザベス女王から名誉大英勲章を賜る。2011年、2016年に天皇、皇后両陛下がアファンの森をご視察された。