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海の中にも森がある? 豊かな海の環境を守る海洋植物の世界

 美しいブルーの惑星、地球。その表面積の約7割を占めているのが海。太陽系で、液体の水を表面に持つ惑星は地球だけ。そんな稀少な環境である「海」の中にも、じつは「森」があるのです。今回は、そんな海の中の森の世界を覗いてみます。

東日本大震災の津波で海は?

 2011年3月11日に発生した東日本大震災。マグニチュード9.0もの巨大地震は、繰り返し押し寄せる大きな津波を発生させ、沿岸地域に甚大な被害をもたらしました。あの津波で、海の中はいったいどうなったのでしょう。

 がれきが沈む海で、行方不明者の捜索を行なったダイバーによると、4月頃は水が濁っていて、魚影はほとんど見られなかったそうです。その後、半年ほどの間に海水は次第に透明度を増し、いろいろな生物の姿が見られるようになってきました。養殖しているワカメやカキなどもよく育っており、震災前よりむしろ海は豊かになっているそうです。海洋生物たちは、想像以上に旺盛な回復力を持っているのですね。

宮城県松島の海。さまざまな海洋植物によって豊かな海が守られている。

地球環境になくてはならない海の生態系

 地球上で、光合成などによって有機物が生産されることを「一次生産」といいます。この有機物を餌としてほかの動物が成長し、食物連鎖の生態系を形成するため、一次生産者はすべての生物にとってなくてはならない存在です。陸では地表面に繁る樹木や草が、海では海面に近いところを浮遊する微生物(シアノバクテリア、植物プランクトン)や海底に生えている海洋植物たちが一次生産者です。これらの生物は、食物連鎖の基礎となるだけでなく、近年は温暖化の主要な原因物質である二酸化炭素の吸収源としても注目されています。

海の食物連鎖と「海洋植物」

 ここで海における食物連鎖について説明しておきましょう。陸上と同じように、海の中でも生物の「食べる・食べられる」という関係は循環しています。

 まず、先述した一次生産者である植物プランクトンや海洋植物が光合成を行ないます。そして二酸化炭素や光エネルギーから、彼ら自身やほかの生物の栄養素となる、ブドウ糖などの有機物を作り出します。次に動物プランクトンや、植物性のエサを食べる魚類が、それらを捕食。その次は、それらの生物が、より大きい魚の餌となります。

 海の食物連鎖をざっくりまとめると次の通り。

 【E】にはシャチやサメなどいますが、最終的にはそれらの生き物も死骸となり、バクテリアに分解され、【A】の栄養素となります。

 では、これらの食物連鎖の基礎としての役割を担っている「海洋植物」について、詳しく見ていきましょう。

 「海洋植物」とは大きく2種類に分けられます。「海藻(かいそう)」と「海草(かいそう・うみくさ)」です。このふたつの名称はまぎらわしく、しばしば混同されますが、「海藻」とは陸上にも存在する藻類のうち、海で生息するものを指します。シダやコケのように胞子で増えるものや、卵と精子が受精するものなどがありますが、藻類なので花は咲かせません。一方、「海草」は陸上の植物と同様、子孫を増やすために花を咲かせます。

“根も葉もない”海藻のお話

 海藻は、陸上植物と異なり、「根」「茎」「葉」がありません。岩などに体を着けている「根」に見える部分は「付着器」と呼ばれ、単に固定のためのものです。陸上植物の場合は「根」によって土壌中の水分や養分を吸い上げますが、窒素やリンなどを含む海水に浸かっている海藻は、からだ全体で栄養吸収ができるため、そのような機能は必要ないのです。

 また、陸上植物は重力に逆らって伸びるために、支えとなる茎が必要ですが、水の浮力の中で伸びる海藻に支えは必要ありません。パッと見た感じでは、陸上植物とよく似た姿をしているように見えるものもありますが、じつは“根も葉もない”のが海藻なのです。

 ちなみに、「流れ藻」といって、海面に浮いて漂っているものもあります。その群落は「藻場(もば)」と呼ばれており、構成している種は主にヒジキやアカモクなど、ホンダワラの仲間です。ホンダワラ類がほかの海藻と違うのは、空気の入った「気胞」と呼ばれる器官を持っている点。最初は付着器で海底にくっついて、浮力を利用して海中で直立していますが、波の影響などでちぎれると、浮遊し始めます。浮力があるので、ちぎれた藻は海面で漂いながら生きていきます。

 藻場は、サンマやトビウオなどが産卵に訪れたり、ブリやマアジの稚魚が成育場所として利用したりしています。メバルやカワハギも隠れ家にしており、多様な生物が共存する場となっています。

藻場は、海水の浄化に大きな影響を与え、豊かな水産資源の保全に重要な役割を果たす。

根性”で海藻の隙をつく海草

 進化の過程で、いったん陸上植物になったものの、再び海に生活場所を求めて戻ってきたのが海草の仲間です。海藻と異なり、「根」や「茎」を活かして、海藻が生育できない部分に進出しています。例えばアマモの仲間などは、不安定な砂の内部に縦横に根や地下茎を伸ばすことによって海底に生い茂っています。文字通り、“根性”のある生き方といえるかもしれません。

和名「アマモ」は、地下茎を噛むと甘みを感じることに由来する。

「海藻」はどんなところに生えているの?

 太陽光を利用して光合成を行なっている「海藻」「海草」は、当然光の届く範囲にしか分布しません。海水の透明度にもよりますが、海面に降り注ぐ太陽光のうち、赤やオレンジの光は10m程度、青や藍色の光は100数十m程度まで届くといわれています。

 海藻には、緑、紅、褐色などいろいろな色のものがありますが、それはそれぞれの深度で、効率よく光を吸収するために進化した結果です。 例えば、光がよく届く浅いエリアには緑色の海藻が多く、たくさん光を吸収できる赤い色素を持つ海藻は、深い所に分布しています。生育条件には、潮の満ち引きも関係します。潮の満ち引きによって干上がったり、海面下に没したりする場所を潮間帯と呼びますが、潮間帯上部にはアオサノリなど、中間部にはヒジキなど、下部には、ホンダワラやイソモクなどが棲んでいます。

海の中に林がある?

 海岸に近く、比較的浅い海には「海中林」と呼ばれるものがあります。コンブ科の大型褐藻「ケルプ」の群落です。ケルプは気体の詰まった「浮嚢(ふのう/浮袋のような器官)」を持っており、海の中でまるで樹木のように立つことができるのです。

 「ジャイアントケルプ(和名:オオウキモ)」は世界中のあちこちの海に生育していますが、非常に成長が早く、光がよく届く明るい海なら一日当たり30cm以上の速さで伸び、一年も経たない間に30m以上になることもあるとか。海面下では浮力が働くため、重力の影響を受ける地上と異なり、大きく育つことができるのです。

米国カリフォルニア州のジャイアントケルプ。

 私たちの日常の食卓にも登場する海藻。ノリやワカメ、ヒジキなどはミネラルやビタミン、食物繊維がたっぷりなうえ、ローカロリーなので、美容にも健康にも役立つヘルシー食材です。陸上の植物とは異なる独自の進化を遂げ、海の森を育ててきた海洋植物たち。豊かな海の幸としての魅力、そしてその生態には、文字通り海のように奥深いものがありました。

[文 ACORN編集部]

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